近くの病院で断られたうえに、区内に個人の病院はないと言われ、難民になった気分でしたが、結局、バスで20分くらい(同じ区の中)の、お産で定評のある中規模の総合病院に行き、妊娠が確定しました。
「妊娠です。子宮外妊娠でもありません」
そう言われてほっとしたのも束の間、
「35歳以上の方には説明しなければならないことになっていまして……」
と見せられた紙に、
「羊水検査」の文字が。
羊水検査とは、子宮に針を刺して羊水を取り出し、その中に浮かんでいる胎児の細胞を調べる検査です。
これによって、胎児の染色体異常や先天代謝異常の有無がわかります。
なぜ「35歳以上の方には説明しなければならない」のか。
それは、35歳以上のいわゆる高齢出産の場合、ダウン症のような染色体異常児が生まれる可能性が高いとされているからです。
その程度の知識はあったけれど、いざ「羊水検査」の文字を見ると、
〈私って、高齢出産なんだなあ〉
〈障害児かもしれないんだなあ〉
現実に直面させられました。
この日は説明だけ。
「ご家族とよく話し合ってください」
とのことでした。
最後に血液検査です。
採血をするのですが、私、この採血が大の苦手。
血管が細いので、なかなか針が入らないのです。
「一番細いのでお願いします」
以前教えられたとおりに言いましたが、看護師さんが持っているのは普通の針のような気がします。
嫌な予感はしましたが、
〈まあ、プロの判断を信じよう〉
と、黙って腕を差し出しました。
案の定、針は血管に入りません。
若い看護師さんの表情が変わりました。
事情を察したもう少し年上の看護師さんが出てきて、
「ごめんなさい、もう1回……」
と言われましたが、病院に着いてからもう2時間以上経っています。
おなかペコペコだし、妊娠したからか、からだもなんとなくだるいです。
「すみません、休憩させてください」
待合室で2、3分休んでから採血室へ戻りました。
すると、待ち構えていたのはさらに年上の、いかにもベテランという感じの看護師さん。
〈今度は大丈夫かも〉
安心した私が甘かった。
再び失敗。
またタイムを宣言して待合室へ。
外来診療の時間が終わったのでしょうか、誰もいません。
ひとけのない待合室を、動物園の檻の中の虎のように、ぐるぐると歩き回ります。
〈早く帰って仕事しなきゃいけないのに、こんなところで時間をとられるなんて、ついてない〉
〈こんなにおなかがすいている状態で血を採られたら、倒れちゃうよ〉
〈ただでさえ妊娠して気持ち悪いのに、血を採られるなんて、サイアク〉
〈この病院、採血ヘタ!〉
頭の中で毒づきます。
〈これからもっと、気持ちが悪くなったりするんだろうなあ〉
〈高齢出産だと、体力的にきついんだろうなあ〉
〈もし障害があったとして、障害児を生み育てる覚悟が、私にはあるんだろうか〉
妊娠・出産のシビアな部分ばかり頭に浮かんできます。
〈会社を辞めて独立したはいいけど、まだ軌道に乗っていない。そんなときに妊娠・出産だなんて、間の悪い……〉
〈何か月もかけて練ってきた計画が台無しだ〉
〈私、これからどうなるの?〉
妊娠によって、それまでの生活をそのまま続けることができないのは明らかです。
でも、だからといって、どの程度の変更が必要となるのか見当がつかず、とても不安です。
気がついたら涙がぼろぼろこぼれていました。
遠くから、松葉杖をついた男の人が、心配そうにこちらを眺めています。
念のため言っておきますが、妊娠を望まなかったわけではありません。
それどころか、数年がかりでやっとこぎつけた妊娠です。
だいたい、子どもがほしいから再婚したようなものですし。
もちろん、別に再婚相手は誰でもよかったわけじゃないんですよ。
〈この人と家族になって、力をあわせて生きていきたい〉
と思えたひとです。
さらに、私が会社を辞めた理由のひとつは、妊娠準備です。
からだを壊して、このままじゃ出産どころか妊娠もできない、と痛感したんです。
実際、会社を辞めてから、生理がおそろしいくらいに規則的に来るようになりましたし。
まあ、これは同時期に飲みはじめた養命酒のおかげかもしれませんけど。
それほど、子どもがほしかったんです。
それなのに、いざ妊娠が判明したとたん、不安で涙が止まらない……。
妊娠するもしないも、大きな出来事なんです、当事者にとっては。
なお、3回目で無事採血できました。
それから、羊水検査はしないことに決めました。
帰って夫の意見を聞いたら、
「9万円もかかるの? 高い」
即決でした(笑)。
それは冗談として、この日、私たちは、障害があっても子どもを生み育てる覚悟をしたんだと思います。