2011年10月

10月31日の献立

  • ご飯
  • かぶのお味噌汁
  • 小松菜のお浸し
  • じゃこピーマン

    いじめと哲学

    「子どもの将来・その3」で、

    つまり、子どもが何らかの理由で、望ましくない順序で世の中の真実に触れてしまった場合にも、子どもが自力で、頭の中で事実を整理できるように、あらかじめ別の方法で「検証」能力を高めておくのです。

    と書いた時、私の頭の中にあったのは「いじめ」のことでした。

    「子どもの将来」にgenyさんが寄せてくださったコメント

    少なくとも、日本の学校で「本当のこと」を言うといじめられるでしょう(教師からも)。できることなら、「文脈=空気」への依存度が低く、「言語」でのコミュニケーションを重視する海外の学校で学ばせたいのですが。。。

    というくだりも意識していましたが、何と言っても大きかったのは「みーちゃんが噛まれた」事件です。

    ※「みーちゃんが噛まれた」事件
    2011年某月某日、某保育園において、みーちゃん(4歳)がお友達(4歳、女の子、ハーフ)に胸を噛まれた。
    現場にいた保育士によると、事件当時、みーちゃんは積み木のお片づけをしていた。
    そこへ、お友達がやってきて「やってあげる」と言った。
    しかし、みーちゃんは「じぶんでやるの」と答えた。
    押し問答を繰り返した挙句、突然、お友達が服の上からみーちゃんの胸に噛みついたという。
    「20年以上保育士をしていますが、子どもが友達の胸を噛む、というのは初めての出来事で、大変驚きました。
    ただ、そこへ至る経緯は、『自分でやりたい』気持ちと『友達のためにやってあげたい』気持ちのぶつかり合いであり、歳相応の正常なものだと考えています」
    (現場にいた保育士)。

    そうなんですよね。
    噛んだと言っても、悪意や敵意からではないらしいんです。
    みーちゃんは「自分でやりたい」。
    お友達は「やってあげたい」。
    みーちゃんは、かたくなに断る。
    お友達はやっぱりやってあげたい、でも言葉がうまく出なくて、ガブリ、といってしまったようです。

    みーちゃんが2歳くらいの時は、お友達と、
    「そのおもちゃかして」
    「やーよ」
    「かーしーて!」(お友達がみーちゃんをドンと突いて、おもちゃを奪い取る)
    「えーん!」(みーちゃんが泣く)
    みたいな、いかにも子どもらしい、わかりやすい関係でした。

    それが、4歳になると、「やりたい」と「やってあげたい」のぶつかり合いのように、少し複雑になってきます。

    で、6歳とか、それ以上になると、心の動きはもっと複雑になってくるんだろうな。
    そして、やがて、

    「あの子、かわいいからムカツク。いじわるしちゃおう」
    「あの子、わたしのこと、むしした? かんじわるいから、みんなでシカトしよう」

    隠微なパワーゲームがはじまるわけですな。

    「何を言っているのか、さっぱりわからない!」
    というパパ、ママがもしいらっしゃったら、ぜひ『女の子どうしって、ややこしい!』(レイチェル・シモンズ著、鈴木淑美訳、草思社刊)を読んでいただきたい。

    「女の子社会では、解決されない摩擦が空気中にガスのようにたれこめている」(同書72ページ)
    「いちばん人気がある子、いちばん頭のいい子、いちばんほっそりしている子、いちばんセクシーな子、いちばんいい服を着ている子は憎まれる」(同書110ページ)

    もし、みーちゃんが、いじめを苦に自殺したら!
    もし、みーちゃんが、友達に首を切られて死んでしまったら!(数年前に実際に日本で起きた事件をイメージしています)

    想像するだけで涙がにじみます。

    いじめ、それは少なからぬ子どもたちにとって、おそらく人生で最初に出会う「世の中の真実」でしょう。
    いじめ、それは多くの場合、理不尽なものであります。
    でも、それを「理不尽だ」と糾弾しても、意味はないでしょう。
    やり過ごすなり、乗り越えるなり、なんとか向き合っていくしかないのです。

    しかも、厄介なのは多くの場合、子どもたちは大人の手を借りることなく「自力で」向き合わなければならない、ということ。
    なぜならば、いじめは親や教師には見えないところで行われるから。

    子どもにとって最大の試練、「いじめ」。
    我が子が「いじめ」という理不尽に出会った時に、我が子を支えてくれるものは何か。

    いじめられても「私は私」と思える、自負心。
    いじめられても逃げ込める、自分の世界。
    いじめられているという事実を、合理的に、冷静に、相対化して捉えることのできる、知性。

    いつでもどこでも、夢中になってその世界に入り込んで、いじめられている現実をひととき忘れ、自分を取り戻せるような本。
    いいと思います。
    今日、本である必要もありませんね。
    マンガやアニメやゲーム(1人でやるタイプ)でもいい。

    そんなことを考えていたら、近代西洋哲学にたどり着いたのです。

    いじめられている時、人は哲学者になるんですよね。
    私にも経験があります。

    「みんなが私をいじめている。私ってそんなに嫌な子なのかな……私って、いったい誰?」
    「こんなにお祈りしているのに、いじめが続く。神様って、本当にいるの?」

    「子どもの将来・その3」でもご紹介した『ソフィーの世界』がベストな本だとは思いませんが、哲学への入り口として他にお勧めできる本を思いつきません。
    それに、この本で救われる子どもは、きっといると思います。

    さて、冒頭にコメントを紹介させていただいたgenyさんへ。

    一連のコメントの中で、たぶんgenyさんは、

    例えば、テレビのニュースを見た時に鵜呑みにするのではなくて、「なぜそのように報道されているのか」「報道されていない事実はないか」など、自分で検証をして、そのニュースの本質をつかむ能力

    みたいなことを考えておられたのではないかと思ったのですが、どうしても「いじめ」のほうが気になってしまって、そちらに話を引っ張ってしまいました。
    いまさらですが、ごめんなさい。

    それから、冒頭で紹介したコメントに、どうしても私は、無条件では賛同できないのですが、その理由はこのエントリから読み取っていただけますよね?

    プロフィール

    渡辺リエラ
    1969年東京生まれ。1988年東京大学文科1類入学。1992年東京大学法学部卒業。出版社勤務、専業主婦を経て、現在、別名義にて大学講師などとして活動中。2007年7月第1子「みーちゃん」誕生。
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